2007年09月13日

らーめん中村屋は、なぜ昼神温泉を目指すのか?(昨日の続き)

さて、昨日の記事では中村屋の新しい店舗スタイル「中村屋キャラバン」を紹介しました。
先日の記事では言い忘れましたが、このエアーストリームは大将がアメリカまで行って探してきたもの。太平洋を渡ってようやく到着したものです。

さて本日は、なぜ中村屋の大将が昼神温泉に出店することになったのかの次第です。
中村屋は現在、高座渋谷の「麺処 中村屋」と、海老名の「中村やessence」の2店舗が存在しました。しかし、両店とも大将の店。今回の昼神温泉は中村屋初の支店になります。

今まで中村屋は「かたくなに味を守る」為に、支店を出してきませんでした。少なくともフランチャイズで○○○、などということとは遠いところにありました。では、なぜ支店を?しかもよりにもよって昼神温泉に?
それは一つの出会いから始まっています。

昼神温泉には知る人ぞ知る(というか、隠れ宿の特集には必ず出てくる)「石苔亭いしだ」というお宿があります。
なんとお宿に能舞台があるんですよ。
そのご主人と大将との出会いが今回のキャラバンの始まりです。

では、(大将の許可を得て)そのストーリーをお読み下さい。

 

 

「麺処中村屋」昼神温泉店出店までのストーリー

 

かつて昼神温泉には「ビュフェあひる」という、屋台ラーメンがありました。その素朴な味と矢沢マスターの人柄は、昼神温泉の夜の顔として地域住民や昼神温泉を訪れる多くの観光客に愛されていました。矢沢マスターが屋台ラーメンの中で、脳梗塞により亡くなったのは今から2年前の寒い冬の夜のことです。

 

その日を境に昼神温泉から、屋台ラーメンの灯は消えました。屋台ラーメンの灯が消えると共に、ラーメンの味を楽しみに町を歩く人たちの下駄の音もしだいに聞こえなくなりました。屋台ラーメンの味をこよなく愛し通いつめていた、イタリア料理界の巨匠山田宏巳シェフの声がけにより、もう一度、この温泉郷に屋台ラーメンの灯を灯そうという話が現実化してきたのは、マスターの四十九日が終わる頃のことです。

 

山田シェフが昼神温泉に呼ぼうとしたのは、日本国中、数あるラーメン屋の中でも、カリスマラーメン屋として名高い、神奈川大和市の「麺処中村屋」を経営する中村栄利さんの作るラーメンでした。しかし、中村さんの作るラーメンへのこだわりは、本店以外では実現することができないという理由で、これまでも数多くの出店の誘いを断ってきたというお話をお聞きしました。

あきらめて帰ろうとした時に、中村さんからこんな言葉をいただきました。

 

「自分が作っているのは、たかがラーメンだけれど、そのラーメンがその土地の文化や元気に貢献できるなら、こんなに素晴らしいことはない。同じラーメン屋としてできることをやらせて欲しい。」

 

その日から昼神温泉屋台ラーメン復活プロジェクトが本格的にスタートしました。食堂車となるべき車両の確保、「ビュフェあひる」の店内を参考にしながらの厨房器具の設置、中村屋の「ウマい」を実現するための厳しいキャストトレーニング・・・。1年もの長き年月を経て、屋台ラーメンでありながらも、中村屋の味を忠実に再現することのできる最新鋭の厨房車両「中村屋・キャラバン」がここに完成しました。

 

中村さんの強い要望から、昼神温泉地域の人はもちろん、中村屋のラーメンの味を味わいたくても行くことのできない、病院や福祉施設などにも積極的に出かけていきます。この屋台ラーメンが、人に元気や生きがいを届けることができたとき、ラーメンの新しい可能性が開けると信じています。

 

著:石苔亭いしだ 逸見尚希

 

posted by BLC at 03:40| Comment(0) | TrackBack(1) | 不易流行通信番外編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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