2007年08月22日

U-17 World Cup 今日は「正念場」対ナイジェリア(あと今更ですが、朝青龍処分には法的に問題あり!)

※書き上げてから気がつきました。
今日はU-17だけでなく、A代表(テレビ朝日系18:19〜)とU−23(NHKBS20:10〜、テレビ朝日系20:26〜)の3世代代表の試合が見られる日なのですね。下記のネタはもうU−17一色です。だってA代表はこの時期に試合する意味がないし、U−23は流石に2−0程度の試合はしてくれるだろうから)


この夏は、U-20ワールドカップ、A代表のアジアカップと続き、(アルビレックス新潟の好調とも併せて)サッカーを堪能させていただきました。

そして現在、韓国ではU−17ワールドカップが開催中。
日本は2001年大会以来の本大会出場です。
日本の場合、この年代(アジア予選時は16歳未満)は中学卒業から高校入学の時期に当たり、相対的な練習不足や高校の部活でレギュラーを取れていないなど、勝ち抜けが難しい世代。
その中で久しぶりのアジアNo.1(日本は1994年にもアジアNo.1に輝く)として参加する現代表に、大きな期待がかかります。(ちなみにU−20ではアジアでの優勝がない)

今回の代表には、既にJリーグデビューしている柿谷や河野(柿谷に至っては登録自体がトップチーム)、元日本代表でマリノスコーチの水沼貴史氏のご子息、水沼宏太など名前の通った選手も多く期待されます。

本日の対戦相手ナイジェリアは、U-17ワールドカップで優勝2回、準優勝2回の強豪チーム。今年の6月にあったプレ大会で対戦し、0−5で敗退するなど、苦戦は必死。
しかし、今大会のレギュレーションは「各組上位2チーム+各組3位(6チーム)中の成績上位4チーム」が次のラウンドに進めるため、引き分けあるいは僅差の負けなら可能性は高まります。
試合の放送は、フジテレビで深夜0:15から録画放送です。

 

ところで、朝青龍問題の報道が益々加熱していますね。
私は相撲に興味がないので、論評はできませんが、逆に疑問点があります。

 報道によると
”「人道的見地」から朝青龍をモンゴルに返さなくてはならない”
と北の湖理事長とにおわせているようです

 そもそも「人道的見地」とはどういうことでしょう。
「人道的に問題がある懲罰」が科せられているというところに、そもそも問題がある
のではないでしょうか?

 ちなみに相撲協会の懲罰規定(クリックすると協会の内規に飛びます。その一番最後の方をご覧下さい)によると、規定されている懲罰は「除名」(第94条規定による)、または「解雇・番付降下・給料手当減額・けん責の四種」(第95条規定による)とされているので「謹慎」という罰則は協会の内規に照らしても正当性がないのです。

識者の誰も指摘しないのでここで指摘しておきます。「相撲が国技」とか、「横綱の威厳」とか言われる前に、「謹慎」というのは「人道上」も、「ルール上の根拠」もない懲罰だと言うことです。

今回の罰則については、「出場停止と減給」と「謹慎」はハッキリ分けるべきです。
「謹慎」を科したい協会の気持ちは解らないでもないのですが、それはやり過ぎというものです。
たぶん、謹慎という懲罰がなければ、「精神疾患」問題は生じなかっただろうと思います。
「謹慎」と書きましたが、これは事実上「軟禁」であることを理解するべきです。

 

しかし、この問題には、もう一つの見方があります。
それは、この場合の「謹慎」は「社会的な制裁を協会が代わって行うという考えであり、ネットで「謹慎処分の問題に気づいている方々」も、この点で「謹慎は致し方なし」と結論づけているようです。

その場合は、謹慎が社会的な制裁として適当か、という議論になります。
ここからは、「サッカーでこういうことが起きたら、どうなるか」という視点で考えてみます。
僕はこの「謹慎」問題は「協会指導部のメンツ問題」だと考えており、サッカー的な「競技の普及」観点からでは、また違った答えもでるのではないかと思います。

サッカーの場合、「出場停止」(これは朝青龍も受けています)と並んで「社会的奉仕活動」がペナルティとして加えられることが多いです。
有名なところでは、ジダンも頭突きのペナルティとして3日間の社会的奉仕活動を言い渡されています。
日本に目を移しても、サッカー選手の不祥事は絶えません。
その場合も、「謹慎」というペナルティではなく「社会的奉仕活動」というペナルティを科せられます。

どうでしょうか・・・
今回の社会的な制裁が「巡業という相撲普及(本当は興行権の保障の問題があるが、ここでは触れない)の機会をないがしろにした」事に対するのであれば、「社会的な奉仕活動として、子供達への相撲教室などを開催する」などの方がよほど良いのではないかと思います。
そうすれば、罰則として「粋」ですし、「巡業の目的(と協会が言っている)の相撲普及」にもなりますし、なによりも、その禊ぎの相撲教室は「テレビ的に良い絵」になるはずです。それは協会のイメージアップにも、朝青龍のイメージアップにもなるはずです。

「謹慎」と言うのは非常に日本的なペナルティです。
もちろん、「大相撲は国技である」という文脈の下、日本的なペナルティを科すのも一つです。
しかし、その国技を「外国人に開放」したとしたら、ペナルティも国際基準(社会奉仕活動)に合わせてみるのも一考かと。
以上、決して国技にはならないだろうサッカーからの視点です。



posted by BLC at 00:49| Comment(0) | TrackBack(0) | No Life, No Football | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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