2010年06月02日

iPadは高い買い物か?電子書籍でも、デカイiPhoneでもない、その位置づけとは?

使い始めて、まだ一週間も経たず、
ソフトウエアも揃っていない状態で結論を出すのは早すぎるかも知れませんが、それなりに使用感がまとまってきました。

iPadを買おうかな?
と思っている方に、少しでも判断の足しになれば結構です。
(なお、実用と言うよりも、iPadがもつ意味という視点で書いています)

1)電子書籍ではない。電子「書庫」なのだ。

一冊だけ本を持ち歩くなら、リアル書籍の方が電子書籍よりもずっと取り扱いが楽だし、書き込みもしやすいし、絶対に楽。そんなところで語ってもあまり意味がない。(でも、テレビでもそういう話が多い)

iPadは書庫を持ち歩いているのだ。
そういう意味では、実は本の愛好者ほどiPadに流れやすいと思っています。

i文庫HDというソフトがあれば、坂口安吾以前(ということは安部公房あたりでもうアウト)の日本の文学作品がほとんど読める。夏目漱石だけで100冊登録されているのだ。

更に自分の本や雑誌をpdfで持ち歩くことも出来る。
例えば『ローマ人の物語』全巻と、『指輪物語』全巻と、『あしたのジョー』全巻。私、こういうのは、突然読みたくなるのだが、その夢が叶った。
とりあえず、自分の書庫(2000冊超)を仕分けして
1)本の体裁そのものに価値がある ・・・>そのまま書庫へ
2)あんまり読まないが、いつか役に立つかも知れない本 ・・・>これも書庫に残る
3)実用性が高く、ヒントが多い本 ・・・>デジタル化
4)素晴らしい古典、哲学関係・・・>デジタル化
5)「積ん読」本・・・>とりあえずデジタル化(つまらなければ捨てる)


という作業をしている。
部屋もスッキリするし、読みたい本がいつでも読めるのは、二重にストレスフリーになれる。


2)これは基本的に「対面での情報→意見交換」ツールなのだ。

「意見交換」は、ネットよりもリアルに限る。
しかし「情報探索」はリアルよりもネットの方が向いているかも知れない。
(本当の知識は現場で云々・・・はこの際、置いておこう)
では、「情報交換」は?
情報交換はハイパーリンクによってネットの方がやりやすくなった。
せっかくの意見交換の場で、「あ、今その資料はないんですが・・」ということは良くあること。これがネットなら、情報へのリンクを貼るはずである。

しかしiPadがあれば、対面というもっとも意見交換をしやすい場に、情報交換を持ち込めるのである。
たとえば私は6000枚の写真をiPadの中に入れているので、直ぐにボクの頭にあるものを一緒に見てもらうことが出来る。
これはiPadの大きさが究めて重要である。iPadは大きいiPhoneと揶揄されるが、対面の情報交換では、その「大きさ」それ自体に意味があるのだ。

たぶん、プレゼンテーションも変わるだろう。
一人ひとりが「書類に閉じこもる」か、全員が「壁を見つめる」のに変わって、「一つの画面を共有しながら、そこに物理的(指)でアクセスする」という経験は、「情報伝達のプレゼンテーション」から「知識創造のプレゼンテーション」へと高めることが可能である。

サッカーの作戦ボードもこの流れ。
作戦ボードで指示しながら、例えばプレーのイメージをYouTubeの素材から引っ張ってくる。あるいは、過去の試合のスタッツを呼び出してくる。気温や天候を調べて作戦を変更する。
これは、この機械が情報探索だけでなく、その共有が同時にでき、それが対面故に意見交換につながる面白さなのだ。


3.そしてDynabookである。


四の五の言わない。これはアラン・ケイが提唱したDyanbookの正当かつ(現在の所)唯一の後継者なのだ。

Kindolは電子出版(皆、書籍の電子化ばかりを問題にするが、本質は流通の問題である)であるが、iPadはDynabookなのだ。Kindolは代替品であるが、Dynabookは未来である。

iPadを買うのは「脳天気な未来に会いに行きたい」からである。
これはドラえもんの世界なのだ。

今の便利を買うだけなら、iPadは高すぎる。でも、未来に会いに行くなら、少しは元が取れるかもしれない。


以上です。
何かの参考になったら幸いです。


posted by BLC at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | オススメ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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