2008年07月27日

「自粛」や「規制」は好きではないのですが・・・

私は結構、ソーシャルマーケティングに関わってきました。
そうすると、日本の広告のメッセージって「社会問題をふわっと」提示することが多いと思っています。
もちろん、AC(公共広告機構)はメッセージ性の高い広告をつくっているのですが、「知的」すぎるというか、「痛み」が少ない広告になっています。
公共広告というのは、頭で分かるのではなく、「心が痛む」広告でなくては社会を動かせないと思っています。人々が目を背けるところものに、(CMという)注目を獲得するためのツールを使うところに面白さがあります。

そうですね、「良心に訴える」のではなく、「痛み(自己認識)に訴える」という方法論です。
課題を社会に共有すると言うことは、「理解ではなく、参加」なのです。社会的な関心ではなく「コミュニティーとしての関与」に変えることなのです。

そうすると、例えば「井原が出てくる"脊椎バンク"のCM」(「メンバーが足りません」編」などは「認知の獲得」と、「巧く言い換えてみました」(サッカーのメンバーと、ドナーのメンバー)というところで止まっているように思えます。
はっきり言えば、「内閣府の政府公報」(よく新聞の1面にでていますね)と変わらない。「メッセージを発信しました」というアリバイ感たっぷりで、そういうアリバイ感が、こういう欺瞞を生んでしまう元になっているように思います。
ACは民間なんだから、政府になっていいのか(自己規制がメッセージに勝ってしまう)と思うのです。
例えば、世界の公共広告ではこういうCMも出ています。
(掲載自粛中:YouTubeで探してください。http://jp.youtube.com/watch?v=71uoDpxb2Uw&feature=related

さて社会的なメッセージに弱いということでは新聞社のCMもそうです。

まず、日本の朝日新聞のCM(かなり力が入っています)がコレ。
(掲載自粛中:YouTubeで探してください。http://jp.youtube.com/watch?v=S-RQHM91vFc

それに対してイギリスのインデペンデントのCMがコレ。
(掲載自粛中:YouTubeで探してください。http://jp.youtube.com/watch?v=0a5Rxg-rWXY&feature=related

一応フォローいたしますが、朝日新聞のCMだって完成度が低いわけではないのです。ではその差は何かというと、朝日新聞は問題の「オブザーバー」に過ぎず、一方ではインデペンデントは問題に対する「当事者」意識がはっきりしていることです。
社会的な問題は「自分の問題」であり、それを感じられるアンガージュマンの思想が必要だと思うんです。
そういう感覚というか、責任感に欠けているのかな?と思うのです。

私達、コミュニケーションに携わる者は「表現の自由」は尊重しなくてはなりません。しかし、同時に自分の行為が社会的にどういう意味を持つか、を考えるべきです。
「誰かに文句を言われたから辞める」のではなく、また自主規制(触らぬ神にたたりなし)ではなく、社会的な責任として考えて発信すべきなのです。

そして、ようやく今日のテーマ。
今朝、安愚楽牧場のコマーシャルを見ました。
(掲載自粛中:YouTubeで探してください。http://jp.youtube.com/watch?v=_bjJqPKQTTA

上記のフィルムをクリックして、一番最後のシーンに注目してください。そして、それが持つ社会的な意味合いについて、しばらく考えてみてください。 もしかして、このCMの作り手(安愚楽牧場と広告会社)は、「狂牛病(BSE:狂牛病は使うべきではないという意見もあるが、ここではあえて使っておきたい)」という言葉を知らないのではないでしょうか?

いずれにしろ、こういう社会への責任の意識が作り手が、「自主規制」の悪癖を結果として呼び込んでいると思います。(とりあえず、安愚楽牧場に抗議のメールを打ちました)

社会への責任は「お騒がせしてすみません」ではない。自分のパーソナルな行為もすべて社会とともにあるというアンガージュマンの思想です。もし、安愚楽牧場が広告を自粛することがあったら、ぜひ「"社会"をお騒がせしてすみません」と考えず、この行為が「顧客と、日本で頑張る生産者というコミュニティーへの裏切り」であることを自覚すべきだと思います。

今日は朝から重たい話題になりましたが、もし私達コミュニケーションに関わる人間こそ社会への意識を忘れてはいけないという(自分も含めた)警告をこめて書かせていただきました。
ご理解ください。



posted by BLC at 07:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 不易流行通信番外編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
たいへん有意義な話題だと思います。これからもこういうエントリーはどんどん書いていただければと思います。

ところで、安愚楽牧場のCMについては、問題点がうまく飲み込めません。もう少し説明していただけますか?私は下の3つぐらいしか思い当たらないのですが、そのどれかですか。それとももっと別のところに問題があるとお考えなのでしょうか。

1. この状況下で牛肉のCMを流すこと自体が問題
2. 同業者(他の生産者や輸入業者)を出し抜いて広告をすることが問題
3. 「当社の牛肉はBSEの心配はない」と明示的に表現せずに避けて通っていることが許せない。
Posted by SHU at 2008年07月27日 13:28
上記のいずれでもありません。

問題は最後のワンカットです。
最後のワンカットがBSEの原因である「共食い」を想起させるような内容だからです。

最後のカットは「牛(着ぐるみ)が牛(安愚楽牧場)を注文している」というカットです。
つまり、これは「共食い」を意味してしまいます。(「意味してしまう」というのは、たぶん意図はしていないはず、つまりケアレスだからです)

ご存じのように、BSEは肉骨粉(つまり共食い)が原因と言われています。
つまり、もし担当者(と広告会社)がきちんと意識していたら、少なくとも最後の「共食いを意味する」シーンは入れなかったと思うのです。(なぜなら、このシーンが無くても広告は成立するからです。たぶんオチとして入れたシーンだと思います。もちろん、新聞の裏面(人が読んでいない面)に注目しているシーンがある以上、必要なシーンだと言うこともできますが、別な落とし方も出来るはずです)

ブランドを守るというのは、全社的な取り組みです。
例えば雪印の事件や三菱の事件も、全社ぐるみでやった事件ではなく、一部の人たちが起こした事件です。(この辺りが、ミートホープ等の上の命令によるものとは違う)
それでも、やはり「企業体質」がゆるんでいたのです。

たとえ安愚楽牧場の生産に携わっている人たちが「安全に気を配っていて」も、一方で広告に携わる人たちが「こっちの方がおもしろいよね」という気持ちが「安全への配慮」に勝っているとしたら、まさに雪印や三菱の道と一緒ではないでしょうか。

広告には「面白さ」は必要です。
しかし、それが「配慮のなさ」に堕ちないように、ぎりぎり頑張るのがクリエイティブというもの。
私達の仕事は、それくらい心を配るべきだという自戒も込めた指摘です。

繰り返しますが、私は「不快感を与える」CMをつくった(世間をお騒がせしてすみません)という以上に、コマーシャルも自分たちの品質を語る大切なメッセージだと気がついていない無責任な広報担当であることを問題にしているのです。

そう、問題は「失敗における(起きたこと)リスク管理」ではなく、「ブランドにおける日常的なリスク」の問題でもあります。
Posted by コイデ at 2008年07月27日 13:57
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