しばらく更新を休みます。
何故かというと、
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今、ヨーロッパにいます。
最近、スポーツのネタが多かったのですが、スポーツ文化の本場から、続きをお送りします。
流石にヨーロッパのクラブは違う。建物のデザインにもスポーツ文化を感じます。
落ち着いた煉瓦色を基調に、それを縦ストライプで使うセンスに伝統を感じます。
ヨーロッパ的な大屋根。
植え込みをいかして1階部のプライバシーを確保。
グランドから建物を臨む。
緑の芝(状態はかなり良い)と照明設備が羨ましい。
緑に合う瀟洒な意匠 。
1階部はカフェになっており、地域の一般利用も可能。
さて・・・・
続きを読む昨日の話をちょっと補足させてください。
昨日の話は・・・
1)スポーツの基本は「ゲーム」
2)スポーツにとって最も基本的なのは、ゲームを成り立たせる「相手の存在」
3)その次に基本なのは、ゲームを成り立たせる「審判の存在」や「周囲の存在」
4)それから「ルールをまもる」ことが来て、最後に「勝敗」が来る
日本におけるスポーツの不幸は「体育」に組み込まれたことです。
体育とは、もともと「健児を育てる」こと。聞こえは良いですが、これは「戦士(企業戦士を含めて)を育てる」ことと同義で、決してスポーツ文化を育てることではありません。
Jリーグがスタート時に「スポーツ文化」を強調したのは、日本において「スポーツを興すことは『健児を育てる』ことで、『文化を育てることではなかった』から」、それに明確に反するということを述べたかったからです。
なぜ「企業名を外し」、「地域に根ざし」、「育成(Jチームはユースなど育成を持つこと)を必須条件にした」かは、これで分かると思います。
日本が「スポーツを体育とした」とき、諸外国での位置づけはどうだったのでしょうか?
(ちなみに、多くの国では「スポーツ省」が「教育省」と分かれて、独立した機関になっています)
諸外国では・・・・
今日、浦和レッズがサッカーのアジアチャンピオンズリーグの準決勝、対城南一和戦を、PK戦で突破。見事にJリーグ初の決勝進出を果たしました。
おめでとうレッズ!
さて、PK戦が終わり、チームメイトが歓喜の渦の中にあるなかで、一人ポンテ選手(浦和no.10)が倒れ込んだ相手ゴールキーパーに歩み寄り、その健闘をたたえていました。そう、城南一和のチームメイトよりも早く。
スポーツマンシップとは、よく日本のスポーツ界の重鎮(喝!とか言っている人達)が言うように「敗者への配慮・遠慮」ではありません。彼らの思っているスポーツマンシップはスポーツにある本質的な意味合いではありません。だから、万国共通ではないし、本当のスポーツマンシップではありません。
しかし、今日スポーツマンシップを見せてくれたのはポンテ。
そして、ポンテが見せてくれたのは、「君がいてくれたから、僕らも素晴らしい試合が出来た。君と僕とは勝敗では異なるサイドにいたかも知れないが、ゲームを成り立たせているものとして、同じサイドにいた」。スポーツは相手がいて初めて成立する、というスポーツの本質を表しているのです。
スポーツマンシップとは、ノーサイドというよりも、スポーツとしてセイムサイドという意味なのです。
日本のスポーツの不幸は、古いスポーツ関係者が(学校や会社、国家をベースにする)「勝ち負け」主義(「勝者は敗者に遠慮すべし」もスポーツマンシップの考え方から見れば勝ち負け主義)に染まっているからです。
このブログを読んでいる皆さんで、お子さんがスポーツをやっておられる方がいましたら、ぜひ「本当のスポーツマンシップ」を教えてあげてください。
スポーツマンシップとは、「ルールを守れ」とか「勝っておごらず、負けて腐らず」が必ずしも本質であるとは言えません(無視して良いとも言いませんが)。
本当の本質は「スポーツやゲームを成り立たせているものへの敬意と感謝」です。
スポーツは競い合いである以上、「あいまいな判定」や「理不尽な敗北」は起こります。それは許容の範囲です。しかし、相手がいること(相手の存在)への敬意、あるいはゲームを成り立たせるもう一つの存在である審判への敬意は最も大切なことなのです。
それが、例えば大会を支えてくれる人達への感謝や、スポーツさせてくれる両親への感謝になるのです。
こう考えると、実は日本のスポーツマンシップ教育は根本的に間違っているのです。
内藤さんも、確かに亀田大毅の反則には怒っていた。怒っていたけど本当に問題にしていたのは(だから、それが為されて許したのは)「謝る」つまり「相手を相手として大切に考える」ことだったのです。
実は、このスポーツマンシップの本質は、ある方の受け売りです。
ぜひ、このページ(クリック!)をみて、スポーツマンシップについて考えてみてください。
有楽町マルイがオープンしました。

皆さん、もう行ってみましたか?
まだの方はラッキーな方!
なぜなら昨日(10月22日)から1ヶ月間限定で、「かしこ」が有楽町マルイに登場するからです。
場所は1Fのイベントスペース「カレンダリウム」の【THE COVER +】(ジカバー・プラス)。
そう、六本木ミッドタウンのジカバー・ニッポンの期間限定店です。
テーマは「あきずくし」ということで、私たちも新しい「かしこ」をデビューさせます。
タイトルは「葉」
今までの「和三盆=白」、「和三盆+黒糖=マーブル」に加え、「和三盆+抹茶=緑」の3種類。
え、緑は夏のお題ですって?
いや、「ぎんなん」という型(リアルな銀杏)もあったのですが、不採用でした・・・。
この「葉」は六本木でも買えます。
もうしばらくしたら「雪」もデビューします。
お楽しみに。
非常に残念なお知らせから今週は始ります。
実はこのブログのタイトルにもなっている『ガバガバ儲けるブランド経営』の版元、株式会社サイビズが会社を整理してしまいました。
この社長とは、私が横浜FCの旧経営陣と、当時のソシオの一員として対立(?)していたときに、お会いしたのが最初。
当時の社長は横浜FCの一番最初のスポンサーで、スポンサーとして「危険分子の顔を見ておきたい」と思ったそうです。
それ以来の飲み友達だっただけに、非常に残念です。
そして、その関係で倉庫まで「在庫」を取りに行ってきました。
ワゴン車を借りて、その後部席とトランク一杯の在庫を積んで帰ってきました。
印刷したのが7000部。
販売在庫が200部。
返品在庫が1700部。
結局、実売は5000部を若干超えました。
ビジネス書で5000部は、健闘した方かもしれません。
今、コイデは「手売り」をやっています。
アマゾンの販売ページで売っているのは、実は私なのです。
それでも、週に10冊程度売れています。
そのおかげで、未だに本のランクで五万位くらいを上下しております。
ぜひ、この機会にご購入ください。
購入したら、コイデまでお知らせください。
本当に小さな御礼をさせていただきます。
今週は、あまりたいしたブログを書いていませんね。
最後もたいしたネタではありませんが、私の母校への愛に免じて許してね。
私の母校、国際基督教大学(ああ、コイデが変人なのは、あの大学の出身だからなんだ)では来年度から新しい就学制度が始ります。
朝日新聞で記事になったのですが、もうネット上では削除されているので、転載させていただきます。
2007年10月15日06時11分
国際基督教大学(ICU、東京都三鷹市)が来年度から、新入生全員を特定の学科などに所属させず、2年次の終わりに所属を決める新制度を導入する。「(進路を)決めてから入る」から「入ってから決める」への転換で、文系、理系を問わず幅広く進路を選べるようになる。同大学が売り物とする教養教育を充実させるのが狙いで、全学的に徹底するのは国内の大学では珍しい。
ICUは、学部は教養学部の一つだけで、1学年の定員は620人。現在は人文科学、理学、語学など六つの学科があり、各学科に定員がある。入学試験は教養学部として一本で実施しているが、受験生は第1志望と第2志望の学科をあらかじめ選んでおき、合格時に所属学科が決まる仕組みになっている。
新制度では学科を廃止して文学、経済学、法学、物理学、心理学、言語学など31の専修分野に再編する。入学時には所属を決めず、様々な分野の基礎科目を2年間学んだ後、自分に合った専修分野を決める。分野ごとの定員はなく、学生は希望通りの分野に進むことができる。
入学後の学科変更はこれまでも認められていたが、様々な条件があり、それほど簡単ではなかったという。幅広い知識を身につけられるよう、新制度の専修分野は一つに限らず、二つの分野をほぼ対等に学んだり、一つを主、一つを副として学んだりすることもできるようにする。
ICUの日比谷潤子・教学改革本部長は「入学後に試行錯誤でき、ある分野が自分に合わない場合も簡単に分野を変えられる。より幅広い分野を学ぶことも可能になる」と話している。
ICUだからこそ出来る決断とも、ICUでしか出来ない決断とも言えます。
特に後者は重要で、結局、大学の学部制度は「学生のニーズではなく、教職者のポスト確保に従っている」と言えるわけで、それが柔軟な大学経営を阻害しているわけです。
このICUの制度は、産業界における「ソニーのチャレンジ制度」導入にも似たもの。
ぜひ、成功して欲しいと思います。
・・・というかICUでは成功するのは間違いないと思います。
だって、僕らの時と違うのは「理系と文系の垣根が下がっただけ」で、文系の自由度は昔からありましたから。
問題は他の国内大学がどれだけそれを追随できるか。
今の大学生は「高校生の授業の復習をさせなくてはならない」くらいです。そんな子供に「先の進路が読めているか」不明です。
この試みは中堅大学の良い手本になるでしょう。
えー、全国のこれから大学受験を控えるお子様(幼稚園〜高校生)をお持ちのお父様、お母様にICU同窓会の一員としてお願いです。
ぜひ一度、ICUを受験の候補にお考えいただけないでしょうか?
ICUはベネッセ調べの「大学満足度調査」でもナンバーワン。特に人を磨く教育、自ら考える教育ではナンバーワンです。
欠点として、考えすぎて「組織にいられなくなる」ケースが多いのが玉に瑕。でも、そんなの関係ない!(って、これは早稲田か)
この記事は、いったんアップした後、しばらくしたら削除する予定です。
本日、外出から帰ったら、どこの放送局でも「亀田大毅選手が内藤選手に謝罪」という報道でした。
ただ、どこの放送局も「その謝り方にアポイントがないとか、ケチをつけたい意識」を感じました。
たぶん、アポイントがなくて残念なのは「テレビ局」だけなのでは。
それは「良い絵」が撮れなかったから(アポがあれば、撮影の準備が出来たのに・・・)に違いありません。亀田選手を「モンスター」にしておきたかったのは、テレビ局で、だから「普通に誤って欲しくなかった」に違いありません。
実は、本日ケーブルテレビで札幌対千葉(と地名で書かせてください)のクライマックスシリーズをやっていました。そして、試合終了後、ヒルマン札幌監督が、スタッフ(ボールボーイレベルまで)一人一人に頭を下げて挨拶している映像を映しておりました。また、この試合では千葉の選手達がサポーターに挨拶に行き、その後自然に札幌の選手と健闘をたたえ合う姿を映していました。
私が削除すると申し上げたのは、この記事がある意味でバランスを欠いた意見を書くからです。
しかし、一スポーツ選手(そう、いまだに私はサッカー協会の一種登録選手です)として思うところを書きます。
「亀田が切腹することを望んでいるのはテレビ局と、テレビ局に(そして、無料のエンターテイメント消費に加わっている)従属している一般消費者だけでしょう」と。
よくワールドカップを「武器のない戦争」に例える人がいますが、それもナンセンス。
スポーツマンシップの原則は、「相手がいないと自分もいない」、更には「審判がいないと、成り立たない」という意味での「相互を必要とするリスペクト」です。
相手を(感情的に、試合中は多く感情が支配します)憎みつつ、相手がいないと成り立たない。その単なる理想ではないリスペクトの感覚こそがスポーツです。
私たちが卒業するときに、記念として武蔵野美術大学と試合を組みました。
このチームとは、4年間、昇格争いの最大のライバルで、どの試合でも削り会いしあった(本当に亀田選手の反則よりも酷い反則です。比喩として言っているわけではなく、サッカーの反則は「選手生命に関わる」という意味で、ラグビーよりも酷いです。僕も試合中の反則で、頭蓋鼻骨の欠損(未だに欠損したまま)、前歯2本、ふくらはぎの筋膜断裂をおっています)相手です。
それでも、最後にその相手とやりたかった。削りあったからこそ、やりたかった。
私自身は、サッカーやパリーグは非常に健全だと思っています。スポーツは基本的には相互扶助的な綴じた世界です。サッカーやパリーグは「現場に行くか」、「PPVで見るか」なので、見る人達もある意味で仲間です。
今回の亀田問題も、いってみれば地上波放送に載せることで、スポーツファミリーでない人達がはいってきたから起きたとも言えます。巨人の落ち込みもここにあるように思えます。
スポーツへの愛は、もう地上局とは手を切らないと達成できないかも知れません。
亀田大毅選手が1年間の出場停止(正確にはライセンス停止ですが、ライセンス無しに試合には出れないので同義)については、世間でも「甘い」だの、「厳しい」だの、と議論百出です。(たいがいは「甘い」なんですが・・)
そこで、サッカー的な視点で、「1年間の出場停止」を考えてみましょう。
ええ、人のスポーツのことは分かりませんので、自分の基準で見てしまおうということです。
まず直近で思い出されるのは「ワールドカップのジダンの頭突き」です。
ジダンも亀田大毅も「世界戦を冒涜」した行為でしたし(でもワールドカップの決勝と比べるのは・・ですが)、この辺りからの比較が分かりやすいかと思います。
果たして、この処分はどれくらいだったか覚えていますか?
答えは・・・・
解答を読む
今日は、かる〜いキモチでご覧ください。
既にご紹介したとおり、コイデは3連休(11/6-8)に新潟に行って参りました。
山古志の稲刈りについては既に既報済みですが、土曜日はアルビレックス新潟の観戦でした。
この時点で、アルビは「4連敗」!しかもホーム2連敗というトンネルの中。
果たしてトンネルを抜けると勝利は見えるのか?
実は、この試合、「新潟市サポーターズ倶楽部」の企画旅行として参加しました。
新潟市サポーターズ倶楽部とは・・・
続きを読む皆様にもご案内したように「第3回デザイート」が無事、終了しました。
今回のメインゲストは新村さん。
一番最初の名刺交換の先制から、

がっちりとオーディエンスの気持ちを掴んだ新村さんは、シャイで決して押しつけることはありませんが、的確な指摘をどんどんとボディーに打ち込んでくるタイプ。
最初は静かだったオーディエンスからも、矢継ぎ早に質問が飛びます。
今回、一番のパンチ(指摘)は、
一言で言い表せないコンセプトでは人の心は掴めない(大意)
でした。
うーーーーーーん
続きを読む「赤福」が30年以上前から製造日(スミマセン、今うろ覚えなのですが、当時は賞味期限表示ではなく、製造年月日表示が基本だったと思います)の偽装を行っていたというニュースが飛び込んできました。
お菓子に関わる人間として「ふざけるな!」と単純には思いません。 これが「悪魔のささやき」だと言うことは菓子屋なら分かることです。だからこそ、それを排除するのがブランドじゃありませんか。
特に赤福は昔から尊敬していた会社であり、「老舗はいつも新しい」と仰っていた経営者だけに、「あの一言にあった気概は、どこにいったのだ」と申し上げたい。
もう何回も繰り返しますが、こういう不祥事は危機管理の問題ではなく、ブランドの(つまり日常の文化の)問題です。
他山の石ということばがありますが、我が社としても、なおいっそう「ブランドとしての矜持」を維持し、お客様との透明な関係を築きたいと思っております。
続きを読む
新潟の秋空は本当に吸い込まれるほど遠く、青い。
11月7日の青空の中をやってきました山古志。
実は前山古志村長、現衆議院議員の長島さんとも知り合い(兄が高校の同級生)で、長岡生まれのコイデですが、山古志に来るのは初めて。ええ、たぶんココまで来ると紅屋重正なんて名前は誰も知らないはず。私、中越地震の時に「地震に疲れた方々は甘いものが欲しいのでは」と栖吉地区などで暖めた大手饅頭を無料配布したのですが、たかが数kmしか離れていないのに、誰もウチのことを知らない。まあ、そんなものです。
しかし、そういう自分も山古志は初めて。故にお互い様です。
しかも、ウチのカーナビが道を知らないばかりに、市内から1時間近くかかって山古志に到着しました。
さて今回の山古志訪問の目的は雑誌「自遊人」主催のイベント。
その名も「山古志の田んぼ復活応援隊!」
その様子は、自遊人のブログにも載っています。
ところで、今回この企画に参加して一番驚いたのは「自遊人」の編集部が魚沼に移っていたこと。「自遊人」といえば、私も某高級旅館のブランディングでこの本にはお世話になりました。
私の印象としては「とにかく一歩退いて考える雑誌づくり」をするところ。それだけに今回の編集部移転も深く考えてのことだろうと思っています。
さて前置きが長くなりましたが、厚揚げと景虎で有名な栃尾を超えて、11:00に山古志に到着!
いよいよ稲刈りです!
・・・・と思ったら
前回、紹介しました中村屋キャラバンの照明問題ですが、ようやく解決しました。
いただいたご意見も参考に、LEDライトに絞って探した結果、LEDで、しかも太陽電池による電源供給、更に防水タイプという便利なライトが見つかりました。
もったいつけますが、実際の現地の様子はこんな感じ!
ぜひ「続きを見る」をクリックして、その目でご覧ください。
続きを読む
私、この3連休は命の洗濯!
新潟にリフレッシュにまいります。
(結構、急に決まりました)
まず土曜日はアルビレックス新潟のホームゲーム、vs.大宮戦を観戦。
その後、新潟サポータズクラブのパーティー。ここには新潟市の篠田市長も顔を出されるらしいです。
日曜日は「稲刈り!」
山古志の田んぼ復活応援隊に参加して、稲刈り体験です。
実は私、米どころ長岡の生まれのくせに、一度も稲刈りをしたことがない。
今からちょっとワクワクです。
更に月曜日も稲刈り!(たぶん、体ががたがたになっているはず)
今度は雑誌「自遊人」の持つ自遊田での稲刈りのお手伝いです。
ところで皆さん、「自遊人」はご存じですよね。
そう、今、日本のロハスを引っ張る雑誌の一つです。
しかも親会社は日本有数の高額所得者狙い雑誌、セブンシーズ。
その「自遊人」の編集部が魚沼にあるのはご存じですか?
一部の編集部員がサテライトでいるのではなく、編集部が新潟にあるのです。
東京に残っているのは、実質的に広告部だけ!
ビックリでしょ!
この辺りの事情を取材に行ってこよう、というのがその狙い。
というか、取材をお願いしたら、「稲刈りの合間なら」と言われたので、どうせなら「稲刈りも手伝います」と。
本当にこの週末はワクワクです。
良いコンセプトの書き方の一つに、「似て非なる」を利用する方法があります。
これを使うと、非常によい表現に達することができます。
なぜなら、企画やコンセプトの特性の一つに「良いモノから、更に良いモノを選ぶ」という点にあります。
企画、特に競合の企画というのは、「良い企画と悪い企画」が競り合うのではなく、「良い企画と良い企画」が競り合っています。つまり、大きな方向は同じ。問題は最初にある小さな差に有ります。いや、その小さな差こそ大事。
その小さな差が、実行まで至る長い時間の間に大きな差になる。だから最初の小さな差にしっかり目を向けさせることが重要なのです。
だからこその「似て非なる」表現なのです。
私自身は昔、
不満はなくせないが、
不平はなくせる
というコンセプトを提示したことがあります。
「不平」と「不満」。似ているような言葉にワザと違いをつけて、その違いを強く意識させるのです。
ここでは「不満」は絶対なくせない人々のニーズ。「不平」は、その不満を聞いて貰えないことから生じるイライラ。
前者は理性的で建設的な可能性を持っているが、後者は感情的で破壊的な可能性を持っている。
この差をキチンと理解させるために、似た言葉を対比させて使ったのです。
(この言葉がどう使われたかは、いつかご説明したいと思います。 )
これはテクニック的にはCompare & Contrastといいます。
Compareは「似ている点を挙げる」こと。この場合では言葉の似ている点を指します。
そしてContrastとは「違いを際だたせる」こと。この場合は意味の違いを指しています。
もう一つ、このテクニックを使った素晴らしい言葉を紹介しましょう。
紹介するのは最近、このブログで紹介することが多い中村屋の大将、中村栄利さんの言葉です。
「漆」と書かずに、「うるし」と書く。
この一つにも、漆器を特別なものとせず、日常のものとして感じて欲しいという思いが伝わります。
今日はとらや東京ミッドタウン店に「いつものうるし」展を見に、そしてその作家である桐本さんのトークショーを聴きに行って参りました。
桐本さんは、地元の輪島で異端と言われる作家さん。
しかし、異端がやがて主流になるがごとく、たとえ地元で異端でも、東京では日本橋三越で個人では最大の売り場をもつなど、最先端の人であります。
今回は11月15日まで(開始は9月1日)の長丁場。10月16日には展示品の入れ替えもあるそうです。
こちらでは、椀をモチーフに、手前から反時計回りで、木を荒削りにしたところから、上塗りまでの全22工程を再現しています。
特に面白い過程は「布貼り」。文字通り、椀に布を貼って(ノリと漆を混ぜたもので貼る)吸い口や脚部を補強するものです。
私は浅学にして、漆器は木地に漆を重ねて塗るということは知っていたものの、こういった過程が入っているのは知りませんでした。
桐本さんは、木地を「骨」、布貼りを「筋肉」、上塗りを「表皮」と表現し、特に木地と布貼りは「いつまでも大切に使える器の基本」だと仰っています。この過程をしっかりした器は何度でも修復がきく、一生モノの器になるそうです。
他にも、漆の技法の違いも直接比べられます。
まずは伝統的な漆技法。朱には顔料が使われています。
次に、蒔地技法という手法。
これは塗りの段階で、輪島独自の珪藻土を練り込んだもの。そのざらざらした独特の感触が特徴です。
最後は拭き漆。
一度塗った漆を拭き取って(というよりも、すり込む感覚)仕上げます。その結果、漆の透明感が増し、下の木目が生きるのが特徴です。
他にも、販売もしておりまして、例えば作家さんらしい可愛いネーミングの夫婦杯や

すてきな食卓セットなどが購入できます。

なお、この箸置きなら500円くらいですよ。
漆は非常に優れて日常的な器で、もともと湿度を大変に好む性質を持っているので、しまい込まず(乾燥してしまう)、毎日使うのが一番なのだそうです。
そして、使い込めば使い込むほど、ツヤが増すのです。その理由は漆が高分子化合物だから。分子の大きさが大きいため、最初の頃の表面は実はかなり凸凹しているのだそうです。それが使い込むほど、山がなだらかになってツヤが出てくるのだそうです。
なお、漆は確かに食洗機では使えませんが、もともと洗剤を使わなくても汚れが落ちるので、ぜひ日常で試して欲しいそうです。
最後に、百年近く前の漆の食器でとらやのぜんざいをいただきました。
口をつけると、すっと馴染む。これが漆の良さですね。
さて、ここで大事な予告!
11月に予定している第4回デザイートのゲストは桐本さんの予定です。
桐本さんをお招きして、実際に漆の器で食事を味わうと共に、伝統工芸品のマーケティングについて考えてみたいと思います。
ご期待下さい。
昨日、書いたことをまとめると・・・
コンセプトとは・・・
1)何をやるのかの発想の原点
=市場の中での形づくり(位置づけ)
2)何故やるのかのやる気の原点
=組織の中での形づくり(位置づけ)
であると書きました。
もちろん、他の考え方もあるでしょうが、ブランド的にはこの「内と外という2つのアプローチが重要です。
ここが、例えば表現コンセプトと異なるところ。
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